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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19025号 判決

原告

今宮土地建物有限会社

右代表者代表取締役

今宮浩樹

右訴訟代理人弁護士

佐々木満男

小林秀之

古田啓昌

同(復)

近藤純一

被告

株式会社箕輪不動産

右代表者代表取締役

箕輪豊

右訴訟代理人弁護士

松尾栄蔵

寺澤幸裕

主文

一  主位的請求について

原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  予備的請求について

1  被告は、原告に対し、一八二〇万円及びこれに対する平成四年九月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第二項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、原告に対し、九二一三万七二六〇円及びこれに対する平成四年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告は、原告に対し、六九一〇万二九四五円及びこれに対する平成四年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

【請求原因】

一  主位的請求その一

《詐欺取消ないし錯誤無効を理由とする不当利得返還請求、契約締結上の過失に基づく損害賠償請求》

1 原告は、不動産の売買、賃貸、管理及びその仲介等を業とする有限会社であり、被告は、不動産の売買、交換、賃貸借及びその仲介、管理並びに鑑定等を業とする株式会社である。

2 原告(買主)の代表取締役である今宮浩樹(以下「今宮」という。)は、被告(売主)との間で、平成四年三月三〇日、東京都足立区綾瀬一丁目三八三番一一所在の宅地66.12平方メートル(以下「本件土地」という。)を、代金九一〇〇万円で買う旨の合意をし(以下「本件契約」という。)、原告は、被告に対し、同日、右代金のうち九一〇万円を、同年四月三〇日に残金八一九〇万円を支払った。

3 原告は、被告に対し、同月一〇日、本件契約に基づく本件土地の平成四年度固定資産税及び都市計画税の日割分担額八万三四六〇円を支払い、渡辺素次司法書士に対し、同年五月一二日までに、本件契約に関連する登記の登録免許税、印紙代及び司法書士報酬(以下「登記手続費用」という。)として一〇五万三八〇〇円を支払った。

4 本件土地は、南西側が幅員六メートル舗装道路、北西側が四メートル舗装道路に接面する角画地であるが、本件契約当時から、本件土地が面する交差点を隔てた対角線の位置にある建物には、暴力団××会系○○一家総本部の事務所(以下「本件暴力団事務所」という。)がある。

5 本件契約の詐欺による取消し

(一) 被告は、本件契約締結以前から、本件暴力団事務所が存在していることを知っていたにもかかわらず、今宮の数度にわたる暴力団事務所の存在についての問い合わせに対し、本件土地の近隣には暴力団事務所は存在しないと虚偽の事実を告げて今宮を欺き、その旨誤信させた上、本件契約を成立させた。

仮に、被告が今宮に対し、暴力団事務所は存在しないと伝えていないとしても、被告には今宮に対し本件暴力団事務所の存在を告知すべき義務があったから、本件契約の締結に際して、本件暴力団事務所の存在を告知しなかったことは、今宮に対する欺罔行為であり、被告は、右欺罔行為によって今宮に本件土地の近隣に暴力団事務所は存在しないものと誤信させた上、右契約を成立させた。

(二) 原告は、被告に対し、平成四年八月三一日発信の内容証明郵便をもって本件契約を詐欺を理由に取り消す旨の意思表示をし、右内容証明郵便は、遅くとも同年九月二日に被告に到達した。

6 本件契約の錯誤による無効

(一) 今宮は、本件契約締結当時、本件土地の近隣には暴力団事務所は所在しないものと誤信していた。

(二) 原告は本件土地上に不動産業として事務所兼賃貸マンションを建設することを目的としており、本件契約締結に先立ち、今宮は、被告に対し、近隣に暴力団事務所等が存在せず、本件土地は右の目的に適うので本件契約を締結する旨を伝えていた。

よって、本件契約は要素の錯誤により無効である。

7 被告の契約締結上の過失

(一) 被告は、本件契約締結の準備段階において、本件暴力団事務所が存在することを知りながら、原告に対して、本件土地の近隣に暴力団事務所は存在しないと虚偽の事実を告げる等して今宮を欺罔し、あるいは、今宮を錯誤に陥らせて本件契約を成立させた。

右のように原告を欺罔し、ないしは、錯誤に陥らせたことにつき、被告には少なくとも過失があるから、本件契約が右5、6記載のとおり、取り消されたか無効であるとすれば、被告は、契約締結上の過失に基づいて、本件契約が有効であることを信頼して原告が支出した費用を賠償すべき義務を負う。

(二) 原告は、被告の右行為により本件契約が有効であるものと信頼して、前記3の金員を支払ったのであるから、右金員が契約締結上の過失に基づく原告の損害である。

8 よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求として九一〇〇万円(本件土地の売買代金)、契約締結上の過失による損害賠償請求として一一三万七二六〇円(平成四年度固定資産税・都市計画税の日割分担額八万三四六〇円及び登記手続費用一〇五万三八〇〇円)及びこれに対する右金員を原告が支払った日の後である平成四年六月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  主位的請求その二

《瑕疵担保責任に基づく原状回復請求・損害賠償請求》

1 主位的請求その一・請求原因1のとおり。

2 主位的請求その一・請求原因2のとおり。

3 主位的請求その一・請求原因3のとおり。

4 主位的請求その一・請求原因4のとおり。

5(一) 本件土地の所在する地域は、歓楽街とは異なり、暴力団事務所が存在することが通常予想されない地域であるから、本件暴力団事務所が存在することは、売買の目的物が通常保有すべき品質を欠くことになり、本件土地の瑕疵にあたる。

(二) 本件契約締結当時、本件暴力団事務所のある建物には、その存在を示すような看板もなく右建物は外見上は普通の住宅と変わりがなかったので、通常の人が買主となった場合には、本件暴力団事務所の存在という瑕疵を容易に発見することはできなかった。

6 原告は本件契約を締結するに当たって、本件土地上に原告の事務所兼賃貸マンションを建築し、これを経営することを目的としていた。

しかし、本件暴力団事務所が存在することにより、本件土地上の建物建築工事を請け負う業者がなく、そのため、原告は、本件土地上に事務所兼賃貸マンションを建築するという本件契約の目的を達成できない。

7 原告は、被告に対し、本件契約の原状回復を求めて、平成四年八月三一日発信の内容証明郵便をもって、本件土地には隠れた瑕疵があり、本件契約をした目的を達し得ないことを理由に、本件契約を解除する旨の意思表示をし、右内容証明郵便は、遅くとも同年九月二日に被告に到達した。

8 本件契約が瑕疵担保責任により解除された場合には、前記3のとおり、本件土地の取得に関し原告が支払った固定資産税・都市計画税の日割分担額及び登記手続費用は、本件瑕疵によって生じた損害となる。

9 よって、原告は、被告に対し、瑕疵担保責任による解除に基づく原状回復請求として九一〇〇万円(本件土地の売買代金)、右解除に伴う損害賠償請求として一一三万七二六〇円(平成四年度固定資産税・都市計画税の日割分担額八万三四六〇円及び登記手続費用一〇五万三八〇〇円)及びこれに対する右金員を原告が支払った日の後である平成四年六月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  予備的請求

《瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求》

1 主位的請求その一・請求原因1のとおり。

2 主位的請求その一・請求原因2のとおり。

3 主位的請求その一・請求原因3のとおり。

4 主位的請求その一・請求原因4のとおり。

5 主位的請求その一・請求原因5のとおり。

6 本件土地には、本件暴力団事務所の存在という瑕疵があり、そのために、本件土地の価値は、かかる暴力団事務所が存在しない場合の価値と比べ、せいぜいその二五パーセント程度の価値しか有しない。

本件契約の目的である本件土地の価値の七五パーセントが、右瑕疵の存在によって減少していたとすれば、本件契約に基づいて支払った売買代金の七五パーセントは、右瑕疵による原告の損害であり、本件土地の取得に関し原告が支払った固定資産税・都市計画税の日割分担額及び登記手続費用についても、その七五パーセントは右瑕疵による原告の損害である。

したがって、原告が右瑕疵によって被った損害の額は、土地売買代金九一〇〇万円、平成四年度固定資産税及び都市計画税の日割分担額八万三四六〇円及び登記手続費用一〇五万三八〇〇円の合計九二一三万七二六〇円の七五パーセントにあたる六九一〇万二九四五円である。

7 主位的請求その二・請求原因7のとおり。

8 よって、原告は、被告に対し、本件契約目的物の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求として六九一〇万二九四五円及びこれに対する右金員を原告が支払った日の後である平成四年六月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

【請求原因に対する認否】

一  主位的請求その一について

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3の事実について

原告が、渡辺素次司法書士に対し、登記手続費用として一〇五万三八〇〇円を支払ったことは不知、その余の事実は認める。

4 請求原因4の事実は認める。

5 請求原因5の(一)の事実は否認し、(二)の事実は認める。

6 請求原因6の(一)の事実は否認し、(二)の事実のうち原告が本件土地上に不動産業の事務所兼賃貸マンションを建設することを目的としていたことは認め、その余の事実は否認する。

7 請求原因7の事実は否認する。

二  主位的請求その二について

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3の事実について

主位的請求その一・請求原因に対する認否3のとおり。

4 請求原因4の事実は認める。

5 請求原因5の事実について

(一) 本件土地に瑕疵があったことは否認する。

(二) 瑕疵とは物質的な不完全さを意味するものであるから、売買の目的物となった土地の近隣に暴力団事務所が存在することは、右土地の瑕疵にはなり得ない。仮に、瑕疵の判断について、思想的感情的性質が加味されるとしても、瑕疵があるといえるのは、売買の目的物そのものに何らかの欠点がある場合に限られる。

したがって、売買の目的物となった土地の近隣に暴力団事務所が存在したとしても、右土地に瑕疵があるということにはならない。

6 請求原因6の事実のうち、原告が本件契約を締結するにあたって、本件土地上に原告の事務所兼賃貸マンションを建築し、これを経営することを目的としていたことは認め、その余の事実は否認する。

7 請求原因7の事実は認める。

8 請求原因8の事実は否認する。

三  予備的請求について

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3の事実について

主位的請求その一・請求原因に対する認否3のとおり。

4 請求原因4の事実は認める。

5 請求原因5の事実について

主位的請求その二・請求原因に対する認否5のとおり。

6 請求原因6の事実は否認する。

7 請求原因7の事実は認める。

【抗弁】

一  今宮の重過失(主位的請求その一に対して)

1 原告は、本件土地の近隣地域において不動産仲介を営んでいる上、今宮は本件土地から一キロメートル程度の場所に三〇年近く居住しており、本件土地の近隣には相当程度詳しいのであるから、今宮は、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在することを予見することは可能であった。

それにもかかわらず、今宮は、暴力団事務所の存在について十分な調査を行わなかった。

2 右1の事実からすれば、今宮が本件土地の近隣には暴力団事務所は所在しないものと誤信したことには重大な過失がある。

二  今宮の過失(主位的請求その二・予備的請求に対して)

1 抗弁一1のとおり。

2 本件土地について通常の人が買主となった場合には、本件暴力団事務所の存在という瑕疵を容易に発見することはできなかったとしても、右1の事実からすれば、今宮が、本件契約当時、本件暴力団事務所の存在を知らなかったことには過失があり、本件土地の瑕疵は隠れた瑕疵にあたらない。

【抗弁に対する認否】

抗弁一、二の各1、2はいずれも否認ないし争う。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一号証(写し)、第二ないし第一〇号証、第一一号証(写し)、第一二ないし第一五号証、第一六ないし第二二号証(各写し)、第二三号証、第二四号証(写し)、第二五ないし第三七号証、第三八号証(写し)、第三九号証

2  原告代表者

3  乙第一五、第一六号証、第二一号証、第二三ないし第二五号証、第二七号証、第三〇号証、第三二号証、第三四号証の成立は認める。第五号証、第八号証、第一四号証の原本の存在とその成立は認める。第一ないし第四号証が被告主張の写真であることは認める。第一九号証の一ないし三については撮影位置は認め、その余は不知。第九ないし第一三号証、第二〇号証、第三三号証、第三六、第三七号証の原本の存在とその成立は不知。その余の乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一ないし第四号証(平成五年一一月三日当時の本件土地周辺の写真)、第五号証(写し)、第六、第七号証、第八ないし第一四号証(各写し)、第一五ないし第一七号証、第一八号証(写し)、第一九号証の一ないし三(平成六年三月一八日当時の本件土地周辺の写真)、第二〇号証(写し)、第二一ないし第三〇号証、第三一号証(平成六年九月九日当時の本件土地周辺の写真)、第三二号証、第三三号証(写し)、第三四、第三五号証、第三六、第三七号証(各写し)

2  証人数原勝明、鑑定人小谷芳正、同菊地一雄、同千葉周二

3  甲第二ないし第五号証、第八、第九号証、第一二号証、第二三号証、第二五号証、第二七号証、第三二号証、第三七号証の成立は認める。甲第一号証、第一一号証、第一六ないし第二二号証、第二四号証の原本の存在とその成立は認める。第三一号証のうち手書きによる日付記載部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。第三八号証の原本の存在とその成立は不知。その余の甲号各証の成立は不知。

理由

第一  前提となる事実

主位的請求その一、二及び予備的請求について、請求原因1(当事者)の事実、同2(本件契約の締結)の事実及び同4(本件暴力団事務所の存在)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、請求原因3(登記手続費用等の支払)の事実のうち、原告が渡辺素次司法書士に対し、平成四年五月一二日までに登記手続費用として一〇五万三八〇〇円を支払ったことについては、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証によりこれを認めることができ、その余の事実は、当事者間に争いがない。

第二  主位的請求その一について

一  請求原因5(詐欺)及び6(錯誤)の事実について判断する。

1  成立に争いのない甲第二号証、第八号証、乙第三〇号証、証人数原勝明の証言により真正に成立したものと認められる乙第一七号証、第二九号証、原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二八号証、証人数原勝明の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件契約の締結に至る経緯について、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は被告との間で被告の所有する不動産の仲介業務を行う等の取引を行っていた。

平成四年二月末ころ、今宮は被告の常務取締役の数原勝明(以下「数原」という。)に対し、綾瀬駅の近辺で原告の事務所兼賃貸マンションを建設したいので、適当な土地を紹介して欲しい旨を伝えた。これに対し、被告は、被告が所有していた本件土地のほか、東京都足立区綾瀬所在の他の二か所の土地を原告に紹介した。右当時、本件土地は更地であった。

(二) 原告は、右三物件のうち本件土地の購入を希望し、同年三月一三日ころ、今宮は被告の本社事務所を訪れ、数原に対し、本件土地を一坪あたり三五〇万円、総額七〇〇〇万円で購入したいとの申入れをしたが、本件土地には、右当時、安田信託銀行を根抵当権者とする順位一番の極度額一億一三〇〇万円の根抵当権が設定されていたため、数原は、売買代金について一億円程度を提示した。

(三) その後も、数回にわたって被告の本社事務所で、今宮と数原ないし被告の従業員の菅原弘の間で、本件土地の売買の交渉が行われ、同月二八日までには、本件土地を九一〇〇万円で売買することで話がまとまり、被告の常務会においても右売買が承認された。

同日、今宮は、被告の従業員の鈴木健二とともに、本件土地の境界を確認するため現地を訪れた。

(四) 同月三〇日、被告の本社事務所で、今宮と数原の間で本件土地に関する土地売買契約書(甲第二号証)が取り交わされることによって、本件契約が締結された。

本件契約の締結に至るまで、今宮に対し、数原らの被告の担当者から本件暴力団事務所の存在に関する説明は行われず、本件契約の締結に際して、宅地建物取引主任者である鈴木健二によって作成された重要事項説明書(甲第八号証)にも、本件暴力団事務所に関する記載はない。

(五) 本件契約について、原告で交渉を担当したのは専ら今宮であり、被告で交渉を担当したのは主に数原であるが、数原が今宮と共に本件土地の現場を訪れたことはない。

2  今宮は、その代表者尋問において、平成四年三月二四日に一人で本件土地の現場を訪れた際、本件土地付近で暴力団組員風の人物を見かけたため、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するのではないかと疑い、同月二五日に被告の本社事務所を訪れた際、数原に本件土地の近隣に暴力団事務所が存在しないかを尋ね、同月二八日ころと同月三〇日の本件契約締結の際にも、被告の本社事務所で数原に暴力団事務所の存在について尋ねたが、数原は、いずれも本件土地の近隣に暴力団事務所は存在しない旨を告げたと供述し、甲第三六号証(陳述書)にもその旨の記載がある。

ところで、今宮は、その代表者尋問において、本件契約の締結に至るまで暴力団事務所の存在について原告が行った調査は、結果的には、今宮が本件土地の近隣の住民の一人に暴力団事務所の存在について尋ねたというにすぎず、しかも、その際、具体的に暴力団という言葉を使って尋ねたかは覚えていないと供述しているのであり、原告が不動産の売買、賃貸、管理及びその仲介等を業とする有限会社であることを考えると、今宮が本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するのではないかと疑っていたにしては、今宮の供述する原告の調査は極めて不十分かつ不自然な態様のものであったといわざるを得ず、数原が、その証人尋問において、本件契約の締結に至るまで本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するかという点は話に出たことはなかったと明確に証言し、鈴木健二も同旨の供述をしている(乙第二八号証)ことに照らすと、この点に関する今宮の供述及び甲第三六号証の記載を信用することはできない。

したがって、本件契約に至る交渉の過程で、今宮と数原らの被告担当者との間で、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するかという点についてやり取りが行われた事実を認めることはできない。

3  請求原因5(詐欺)について

原告は、被告の作為あるいは不作為の欺罔行為により、本件契約を成立させたと主張するが、右2のとおり、数原らの被告担当者が今宮に対し、本件土地の近隣には暴力団事務所は存在しない等の虚偽の事実を告げたとは認められないのであるから、被告が今宮に対し、作為による欺罔行為を行ったということはできない。

そこで、前記1(四)のとおり、今宮に対し、被告の担当者らから本件暴力団事務所の存在に関する説明が行われなかったことが、被告の今宮に対する不作為による欺罔行為ということができるかについて検討する。

確かに、証人数原勝明の証言により真正に成立したものと認められる乙第二六号証、同人の証言及び弁論の全趣旨によれば、昭和六二年一〇月二日に被告が本件土地を買い受けた際の仕入れ担当者(用地部課長代理)であった阿部章が、本件暴力団事務所の存在を知っていたことが認められる。

しかし、被告会社の規模・組織形態に照らすと、右事実のみから今宮との売買の交渉に当たった数原らの被告担当者が本件暴力団事務所の存在を知っていたとの事実を推認することはできず、他に本件土地の売買が承認された被告の常務会(前記1(三))において本件暴力団事務所の存在が論議されたり、数原らの被告担当者が右事実を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。また、そもそも、本件土地の売買に当たって、右2に判示したとおり、本件契約の締結に至るまで、今宮と数原ほかの被告担当者らとの間で本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するかという点が話題になった事実が、認められないのである。

したがって、右事実関係の下では、前記1(四)のとおり、今宮に対し、被告の担当者らが本件暴力団事務所の存在に関する説明を行わなかったことが、被告の今宮に対する欺罔行為に当たるということはできない。

よって、その余の点を判断するまでもなく本件契約を詐欺によるものとして取り消す旨の原告の主張は採用することができない。

4  請求原因6(錯誤)について

原告は、今宮は、本件契約締結当時、本件土地の近隣には暴力団事務所は所在しないものと誤信していたと主張するが、前記1、2に判示したところからすれば、今宮は、本件契約締結当時、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するか否かにつき特に意識していなかったものと推認するのが自然であって、原告の主張に沿う今宮の代表者尋問における供述を信用することはできず、原告主張の右事実を認めることはできない。

仮に、今宮が本件土地の近隣に暴力団事務所は存在しないものと誤信していたとしても、右誤信は、意思表示の内容の錯誤ではなく、本件契約の動機の錯誤であるから、右錯誤を要素の錯誤というためには、今宮が被告に対し、右動機を表示したことが要件となるが、右2に判示したとおり、本件契約に至る交渉の過程で、今宮と数原ほかの被告担当者との間で、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するかという点についてやりとりが行われた事実を認めることはできないのであるから、今宮が被告に対し右動機を表示したとは認められない。

したがって、いずれの観点からしても、本件契約が要素の錯誤により無効であるとする原告の主張は採用することができない。

二  請求原因7(契約締結上の過失)について

原告は、本件契約が錯誤ないし詐欺に基づく取消しにより無効である限り、被告に損害賠償義務がある旨主張するが、右一3及び4において判示したとおり、本件契約が要素の錯誤ないし詐欺取消により無効であるとの原告の主張はいずれも採用できないから、これを前提とする原告の右主張も採用することはできない。

三  したがって、原告の不当利得返還請求及び契約締結上の過失による損害賠償請求は、その余の判断をするまでもなく、いずれも理由がない。

第三  主位的請求その二について

一  請求原因5(瑕疵)について

1 原告は、本件暴力団事務所の存在によって、本件契約の目的物である本件土地には瑕疵があることになると主張するので、この点について検討する。

(一)  鑑定の結果によれば、本件土地は、JR常磐線綾瀬駅の南西方約二〇〇メートルに所在する土地であり、綾瀬駅前からの道路距離は二五〇メートル程度で、徒歩三分前後の位置にあること、本件土地のある地域は、近隣商業地域に指定されてはいるが、綾瀬駅前のロータリーから派生する飲食店街の裏街区に位置するため、小売・物販等の一般商業用途には馴染まず、小規模店舗、事業所、低層共同住宅等が点在するほか、駐車場等の粗放的土地利用が目立つ場所であることが認められ、成立に争いのない甲第二三号証によれば、××会は、本件契約後の平成六年二月一〇日に、東京都公安委員会から暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律三条の規定により指定を受けた団体であることが認められる。

(二)  右のように、小規模店舗、事業所、低層共同住宅等が点在する地域に所在する本件土地の交差点を隔てた対角線の位置に松葉会系の本件暴力団事務所が存在することが、本件土地の宅地としての用途に支障を来たし、その価値を減ずるであろうことは、社会通念に照らし容易に推測されるところ、当裁判所の鑑定における鑑定意見は、本件暴力団事務所の存在によって本件土地の価格について生じる減価割合は二〇ないし二五パーセントであるというものであり、その減価割合の当否はともかくとして、右鑑定の結果によっても、本件暴力団事務所の存在そのものが、本件土地の価値を相当程度減じていることは明らかである(本件鑑定の鑑定方法が合理的なものと考えられることは後記第四・二に判示するとおりである。)。そうであるとすれば、本件暴力団事務所と交差点を隔てた対角線の位置に所在する本件土地は、宅地として、通常保有すべき品質・性能を欠いているものといわざるを得ず、本件暴力団事務所の存在は、本件土地の瑕疵に当たるというべきである。

被告は、暴力団事務所が近隣に存在するとしても、売買の目的物となる土地そのものに何らかの欠点がある場合には当たらないから、右暴力団事務所の存在は売買の目的物の瑕疵にはなり得ないと主張するが、独自の見解であって、採用することはできない。

2 そこで、次に右瑕疵が隠れたものであるか、すなわち、通常の人が買主となった場合には、本件暴力団事務所の存在を容易に発見することはできないものであったかについて検討する。

(一)  右1認定の事実、平成五年一一月三日当時の本件土地周辺の写真であることに争いのない乙第一ないし第四号証、証人数原勝明のの証言、原告代表者尋問の結果及び鑑定の結果によれば、本件土地は、JR常磐線綾瀬駅前から派生する飲食店街の裏街区に位置し、小売・物販等の一般商業用途には馴染まない場所にあること、本件暴力団事務所のある建物は木造二階建店舗兼共同住宅であり、少なくとも本件契約時には、右建物には何ら暴力団事務所としての存在を示すような代紋等の印は掲げられておらず、右建物は暴力団事務所であることを示すような外観を何ら呈していなかったことが認められる。

(二)  右(一)の事実によれば、通常の人が本件土地の買主となった場合には、本件土地の現場を検分しても右事務所の存在を容易に覚知し得なかったものというべきであり、通常の人が暴力団事務所の所在を容易に調査し得る方法の存在を認めるに足りる証拠はないから、本件暴力団事務所の存在は本件土地の隠れた瑕疵に該当するものというべきである。

二  請求原因6(契約目的の不達成)について

原告が、本件契約を締結するに当たって、本件土地上に原告の事務所兼賃貸マンションを建築し、これを経営することを目的としていたことは当事者間に争いがない。

原告は、本件暴力団事務所が存在することにより、本件土地上の建物建築工事を請け負う業者がなく、事務所兼賃貸マンションを建築することができないから、原告は、本件契約を締結した目的を達成できないと主張するが、成立に争いのない乙第三二号証、第三四号証、弁論の全趣旨により平成六年九月九日当時の本件土地周辺の写真であると認められる乙第三一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三三号証及び鑑定の結果によれば、本件契約の締結の後である平成五年一一月二一日に、本件暴力団事務所のある建物の東側の土地上には、鉄骨造陸屋根三階建店舗共同住宅が新築されていること、本件土地の南西側幅員約六メートルの道路を隔て、本件暴力団事務所の南東側幅員約四メートルの道路を隔てた場所には、平成七年になって三階建の木造住宅四棟が建設されていることが認められる。

右事実に照らせば、本件暴力団事務所が存在するため、本件土地上の建築工事を請け負う業者が存在しないとの今宮の代表者尋問における供述は、そのまま信用することはできず、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はないから、本件土地上の建物建築工事を請け負う業者が存在せず、本件土地に事務所兼賃貸マンションを建築することができないことを前提として、本件契約の目的が達成できないとする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、採用することはできない。

三  したがって、原告の瑕疵担保責任による解除に基づく原状回復及び解除に伴う損害賠償を求める主位的請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

第四  予備的請求について

一  請求原因5(瑕疵)の事実について

前記第三・一に判示したとおり、本件暴力団事務所の存在は、本件土地の隠れた瑕疵にあたるものというべきである。

二  請求原因6(損害)の事実について

1 当裁判所の鑑定における鑑定意見は、本件暴力団事務所の存在によって生じる本件土地についての減価割合を、二〇パーセントないし二五パーセントと評価しているところ、右鑑定は、①一般に承認されている画地条件・高圧線下地・日照阻害による土地減価に関する評価基準との対比を行い、②試論として、本件土地上に最有効利用と認められる三階建共同住宅を建築し、単身者向きの共同住宅を経営することを想定した場合、本件暴力団事務所が存在することによって、一〇パーセントの賃料減が生じ、これを前提に算出した収益価格の減少率は約二一パーセントであると算出し、①②を総合して三名の鑑定人(不動産鑑定士)による評議によって右鑑定意見を形成しており、その判断過程は十分に合理的で納得のいくものと認められるから、右鑑定の結果に依拠して、本件暴力団事務所の存在によって生じる本件土地の減価割合については、二〇パーセントを下回らない限度において立証があったものといわざるを得ない。

2  原告は、本件暴力団事務所が存在することによって生ずる本件土地の減価割合は七五パーセントであると主張し、同様の見解が示された、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第三八号証(評価査定書)を援用するところ、甲第三八号証に記載された馬場祥隆不動産鑑定士の見解は、本件暴力団事務所が存在することによって生ずる本件土地の減価割合を七五パーセントであると評価し、その根拠については、本件暴力団事務所の存在によって本件土地は著しく有効需要が減退され、流通市場性も顕著に減退しているとしているが、右見解はその趣旨からして本件土地を各種店舗・事務所・マンション等に利用することが事実上不可能であるとの事実を前提にしているものと解されるところ、前記第三・二の事実及び証人数原勝明の証言によれば、右のような前提の設定はそもそも失当というべきであるから、右見解を採用することはできない。

また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三九号証(不動産価格査定意見書)中には、本件暴力団事務所が存在することによって生ずる本件土地の減価割合は五〇ないし八〇パーセントであるとする宅地建物取引主任者である松島修の見解が記載されているが、右見解は、本件暴力団事務所の存在によって、本件土地での通常の共同住宅の経営は不可能であって、本件土地を駐車場として利用せざるを得ないことを前提とするものである。しかし、前記第三・二の事実及び証人数原勝明の証言によれば、右のような前提の設定に誤りがあるものというべきである。

したがって、右見解は、証拠上確定し得ない重要な事実を前提とした見解であるというほかなく、採用することはできない。

3  被告は、当裁判所の鑑定について、その鑑定方法には誤りがあると主張するが、右判示のとおり、右鑑定の鑑定方法は十分に合理的で納得のいくものと認められ、被告の主張は採用できない。

4  そこで、本件瑕疵によって原告に生じた損害額を検討する。

前記第三・一に判示したとおり、本件暴力団事務所の存在は、本件土地の隠れた瑕疵に当たるものと認められるところ、鑑定の結果により認められる本件暴力団事務所が存在しないとした場合の本件土地の本件契約当時の正常価格は七六〇〇万円であり、今宮が本件契約の締結にあたって、本件暴力団事務所の存在を知っていたことを認めるに足りる証拠はないから、右事実によれば、本件契約の売買代金(九一〇〇万円)は、本件暴力団事務所の存在を前提としないで定められたものであると認められる。

そうであるとすれば、右1のとおり、本件暴力団事務所の存在によって生じる本件土地の減価割合は二〇パーセントであるから、本件契約に基づいて原告が被告に支払った右売買代金の二〇パーセントは、本件瑕疵によって生じた損害であるというべきである。

しかし、本件瑕疵を前提として本件契約の売買代金が定められていたとしても、本件契約に基づき原告が負担すべき固定資産税、都市計画税、登録免許税、印紙代の金額に変化はないはずであり、かつ、右の場合に原告が支払うべき司法書士報酬が異なるものになったことを認めるに足りる証拠はないから、原告が支払った固定資産税、都市計画税、登録免許税、印紙代及び司法書士報酬が本件土地の減価割合に応じて本件瑕疵によって生じた損害となるとする原告の主張は採用できない。

よって、本件瑕疵によって原告に生じた損害額は、原告が被告に支払った本件契約の売買代金九一〇〇万円の二〇パーセントにあたる一八二〇万円となる。

三  請求原因7の事実は当事者間に争いがない。

瑕疵担保責任に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、右の売買代金の原状回復請求を求めて平成四年九月二日に原告が被告に対してした瑕疵担保責任に基づく解除の意思表示は、被告の右損害賠償債務についての履行の請求にも当たるものというべきであるから、被告は同日限り右損害賠償債務について遅滞に陥ったことになる。

四  抗弁二(今宮の過失)について

成立に争いのない乙第一四号証及び原告代表者尋問の結果によれば、原告の本店所在地は本件土地から二キロメートル程度離れた場所にあること、今宮は、本件土地から約一キロメートル程度離れた場所に三〇年近く居住していることが認められるが、右事実から、今宮が、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在することを認識し得たということはできない。

なお、今宮は、その代表者尋問において、同人は、本件契約締結に当たって、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在するのではないかと疑っていた旨の供述をしているが、そもそも右供述が信用できないことは前記第二・一2に判示したとおりである。

したがって、今宮が、本件土地の近隣に暴力団事務所が存在することを認識し得たことを前提として、今宮が暴力団事務所の存在についての十分な調査を行わなかったことをもって、本件契約当時、今宮が本件暴力団事務所の存在を知らなかったことには過失があるとする被告の主張は、その余の点を判断するまでもなく採用することができない。

第五  結語

以上によれば、主位的請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、予備的請求は、一八二〇万円及びこれに対する履行遅滞に陥った日の翌日である平成四年九月三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官西川知一郎 裁判官奥山豪)

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